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大津地方裁判所 昭和32年(わ)95号 判決

被告人 春田茂

主文

被告人を懲役六月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、堅田町農業協同組合の金融主任として、貯金の受入、払戻、資金の貸付、現金の出納保管等の業務に従事中、昭和二十七年九月中旬頃より、同三十二年五月末日頃までの間、包括的意思のもとに、前後百数十回に亘り、滋賀県滋賀郡堅田町大字本堅田三百四番地の同組合内において、自己が業務上保管中の同組合所有の現金五百七十六万三千六百十三円を、擅に自己の用途に充てるため、着服して横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示行為は、刑法第二百五十三条に該当するから、その所定刑期範囲内において被告人を懲役六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条本文によりその全部を被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。

本件犯行は、約五年間に亘り百数十回に及んで行われたものであるが、しかしそれは同一の環境を機会に、継続的関係を利用してなされたものである。そして、その各行為は場所を同一にし且つ同一の法益に向けられている。しかも行為の態様もまた同一である。かように法益、場所、態様共に同一な一連の行為は一つの犯罪的人格の発現と見らるべきであつて、その犯意は、単一なものと解するを相当と考える。従つて、かくの如く、犯意が単一である限り、相当長期間に亘るといえどもその一連の行為は包括的一罪として、処断するを以て相当としなければならない。刑法の旧第五十五条の連続犯の規定が削除せられた今日といえども、この理はなんら変りはなく、法に規定があるないにかかわらず事物の性質から来る当然の帰結であると考える。

一方、実務的立場から考えても、本件のような同種の反覆的実行行為を包括的一罪として処断することは、寧ろ合理的でさえある。蓋し、その一連の行為の一つ一つについて日時及び金額が明確にされたものは、併合罪として処断されるが、これが到底明確にすることが不可能な事案は、訴因が特定しないものとして、公訴が棄却されるか、または検察官の手もとにおいて予め不起訴処分に付することになる。かくの如く横領犯罪の日時、金額が明確可能か不可能かによつて処刑されたり或は処刑されないですむといつた不合理な結果は、刑事司法における分配的正義からして堪え得る処ではない。

しかし、業務上横領罪について、包括的一罪を認めるにしても、その要件は極めて厳格なものでなければならない。訴因はできる限り日時場所を明示して、特定されなければならないことは勿論であつて、また犯意の継続は、曾ての連続犯におけるきまり文句の「犯意の継続」であつてはならない。本件における犯意の継続は、被告人は、継続的環境のもとに同一金庫から同一機会を利用し金員を引き出して、着服横領したものであるから、正に同一の犯罪的人格の表現と見ることができるのであつて、その態様によつて犯意の単一が推認されるのである。しかも本件においては、被告人は、二人の女性との情痴関係の継続に要する費用を捻出するため犯したものであつて、かかる女性関係の継続が、前提である限りその費用の捻出も予め被告人の内的心理状態においては、このことが潜在的にも去来していたことは、たやすく推認できるのである。予めかような潜在的意識の存在したことは被告人の当公廷における供述に徴しても十分認め得る。従つてかかる犯意は曾ての連続犯における承継的犯意ともその趣を異にしているのである。

以上の理由よりして、本件の業務上横領行為を包括一罪として処断した次第である。

(裁判官 西村実太郎)

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